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2008年8月

喉の小骨

 北京五輪バドミントン女子ダブルスで、世界ランク1位の中国ペアを破って4位になった末綱聡子・前田美順(みゆき)ペア(NECSKY)に、日本バドミントン協会が銅メダル並みの報奨金を検討しているという報道があった。

 日本初のベスト4入りに、関係者の間では「限りなく銅に近い」という評価があるそうで、協会は「銅」より1円少ない2999,999円を9月の理事会に諮る考えだという。

 前回のアテネ五輪を制した世界のトップを相手に攻めまくった「スエマエ」の健闘には、心から拍手を送る。表彰状も賞金も悪くはない。だが、協会が、と聞くと、喉奥に小骨が引っかかったような気分になるのだ。

 この競技には人気者「オグシオ」の存在がある。スエマエが金星を挙げた同じ準々決勝で、小椋久美子・潮田玲子ペア(三洋電機)は、もう一組の中国ペアに敗れた。ここで立場が逆転するまで、スエマエは長い間、オグシオの陰に隠れていた。

末綱が前田とペアを組んだ4年前、オグシオはすでにアイドルだった。人気先行ぎみではあったが徐々に実力が追いついて、国内トップペアの地位をつかむ。オグシオは日本バドミントンの代名詞になった。

スエマエは歯が立たなかった。オグシオには連戦連敗。だが、厚い壁にはね返されているうちに、こちらも力を蓄えていく。気がつけば、目標としてきたペアとともに、北京五輪代表の座をつかんでいた。

五輪直前の7月、全日本実業団選手権でスエマエは3年ぶりにオグシオに勝った。ニュースは目立たなかった。なにごともなかったように、世間の視線は北京に向かった。この間、注目の的がオグシオであることに、いささかの変化もなかった。

両者の扱いに差がありすぎないか。喉の小骨の正体はこれなのだ。最新の世界ランクは、スエマエが五輪前の8位から6位に、オグシオが6位から9位にと、実力の評価が逆転した。力量に大きな差はないのに、これまでの待遇にはその何倍もの開きがあったように見える。

オグシオ人気はマスコミが勝手に作ったものだ、と協会は言いたいところだろう。その通りではある。だが、その人気に寄りかかって、オグシオを広告塔にしてきたのは、ほかならぬ協会ではなかったか。

今回の報奨金は、協会の粋な計らいなのか、ご都合主義なのか。それとも冷遇してきたスエマエへの罪ほろぼしなのか。

2008.8.21.

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映画『靖国 YASUKUNI』を観た

 福岡へ出かけて、話題の映画『靖国 YASUKUNI』を観た。前期のマス・コミュニケーション論Ⅰの授業で取り上げた手前、すぐにでも観ておかなければならなかったのだが、持病の「そのうち症候群」の長患いでこの時期になった。

 映画自体は、敗戦の日の815日に靖国神社の境内にやってくる雑多な群像をとらえたドキュメンタリーである。それ以上でも以下でもない。作品が反日的かどうかは、観た人それぞれが認識と感性で判断すればいいことだ。私自身は、そこまでの強いメッセージは受け取れなかった。

 あらためて思う。この映画の上映中止騒ぎは何だったのか。動きを振り返ると、無知・無自覚と思い違いや見込み違いの連鎖が浮かび上がる。

 まず、お粗末な国会議員たちである。「反日映画」「国の助成金が問題」という週刊誌情報に飛びついて右寄り議員グループに試写を要求した稲田朋美議員(自民)は、憲法違反の事前検閲を指摘されると「新聞が問題をすり替えた」「上映を止めろとはいっていない」と茶番を演じた。助成金の適否を調べる名目の試写こそが事前検閲にあたるという認識はない。

 国会で質問した有村治子議員(同)に至っては、自身の言動が事実を捻じ曲げたことに対する自覚すらない。映画の主要人物である刀匠に直接問い合わせて引き出したコメントを李纓(リ・イン)監督の約束違反に仕立てて質問の核にした。映画を観ればわかることだが、かの刀匠は問われたことに即答しない人物である。その彼と電話で話しただけで、出演場面の削除を求める発言が出てきたのだとすれば、誘導尋問以外にあり得ない。

 上映予定の映画館に街宣車を差し向けた右翼団体も、脅し電話を呼びかけたネット右翼の面々も、その時点で映画を観てはいなかった。中国人監督、反日、助成金、国益といった情報の断片が、検証もないまま一緒くたになって上映禁止に向かったことは疑いない。

 きっかけを作った『週刊新潮』はどうか。得意の「問題提起」のひとつではあろう。その限りではジャーナリズムを逸脱したとはいえない。気をつけなければならないのは、この雑誌が中国や韓国、北朝鮮を取り上げる場合に独特のフィルターがかけられることだ。危機にあたって国家が言論を規制しようとするとき、まっさきに権力に擦り寄って旗振り役を買って出るのはこの手のメディアだろう

 『靖国 YASUKUNI』をめぐる動きは、3月の国会議員を対象にした試写会を境に、めまぐるしく変転する。街宣車、圧力電話、上映中止、ネット上の検閲論議。そして、右翼団体の試写会で騒ぎは終息した。皮肉なことに、騒動が話題になったおかげで、上映希望が殺到し、客の入りも上々だと聞く。

 上映中止騒ぎの当初、作家・映画監督の森達也は朝日新聞への寄稿で、いまの日本を「過冷却社会」と名づけた。それぞれが極限の緊張状態にあり、ひとつの力が加わると、一斉に同じ方向に走り出す。そのため、人物やものごとに対する評価が一夜にして180度変わりやすいという趣旨だった。その後の経過を含めて上映中止騒動を眺めるにつけ、慧眼(けいがん)に敬服する日々である。(2008.8.10.

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ギョーカイご一行様

 錦江湾の納涼船に乗った。前期期末試験の終わった731日の日暮れどき、鹿児島港を出た桜島フェリーに、ゼミ生が大挙して乗り込んだ。宴会に水中花火、日没直前の虹も華を添えて、一同、夏休み前夜祭を楽しんだ。

 参加者は留学生3人を含む総勢14人。これほどの集まりは、このメンバーになって初めてである。2時間、1,000円の手軽さが何よりの要因か。普段は車が並ぶフロアに設けられたござ敷きの団体席の中央に陣取って即大宴会。船尾で繰り広げられる演芸やプチイベントをBGM代わりに、こちらは助走もなしに盛り上がった。

 納涼船に乗ってみようという話がわき起こったのは、まだ暑くなる前だった。意外にも、乗ったことのあるゼミ生がほとんどいない。これはうまくいくかな、という期待と、そのうちうやむやになってしまうのではないか、という不安が相半ばしたのだが、今回の幹事は余裕たっぷりに実現させた。特筆ものは料理。知り合いの仕出し店と折衝して、なかなかの味の品々を安く仕上げてもらってきた。

 このクルーズ、実は人知れず関係者の警戒心を掻き立てていたのだ。乗り場で案内された待ち合わせ場所の柱には「藤山組様」の張り紙が威を払っている。手渡された目印用の大判の紙にも、さらに船内の団体席にも同じ表記があった。あとで聞いた話だが、ターミナルの案内嬢はてっきりギョーカイの団体だと思ったのだそうな。本物のその筋の方々は、いまは表向きの社名で申し込むのが常識だけれど。それはともかく、せっかくのご配慮に感謝して、張り紙の下で記念撮影をした。

 幹事によると、電話で申し込んだときのやりとりで「藤山ゼミ」の「ゼミ」がなかなか相手に通じなかったそうである。一時にせよ、不安を覚えた相客のみなさま、ごめんなさい。(2008.8.6.)

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