幸兵衛のボヤき
まあ聞いていただきたい。
朝、鹿児島中央駅を出る列車は、発車間際に乗り換え客がなだれ込んで満員になる。その日、横長シートの隣席に勢いよく腰を下ろした学生ふうの娘は、前に立った連れとおしゃべりに熱中していた。
何かしら落着きが悪い。読んでいた新聞から目を上げると、隣の娘がしゃべりながら長い髪を手でなでつけている。左右交互に、念入りに。手は時折、頂上から高速で滑降もする。肩が触れ合うほどの距離である。たちまち胸の内に小言幸兵衛がむっくり起き上がりかけたのだが、訳知りの声がそれを押しとどめる。
なぜとめる、言っても無駄だ、言わなきゃわからん、気まずい思いをするだけだ……。幸兵衛と訳知りの格闘が続く。注意するか無視するか、一喝(いっかつ)するか穏やかに諭すか。わざとらしく肩のあたりを払ってみせるか。こうなると新聞どころではない。隣の手の動きがピッチを上げたように思える。うぬぬぬぬぬぬ、ぬっ。とうとう幸兵衛が訳知りをねじ伏せた。「髪をさ、わ、る、な」
娘がキョトンとした目を向けた。ハトが豆鉄砲、とはこんな顔だろう。そこには?????+?と書いてある。数呼吸の沈黙ののち、娘はおしゃべりを再開した。そのうち、なにごともなかったように手は髪をなでつけ始めた。
むなしさと後悔と自己嫌悪とが一斉に幸兵衛に襲いかかる。したり顔の訳知りの声が聞こえる。身の置きどころがない。といって、席を立って敵前逃亡もできまい。悶(もだ)える幸兵衛にお構いなく、隣のおしゃべりは続いた。そして――
長い長い苦痛の時が流れ、彼らの下車駅に着いた。ほっとする幸兵衛に娘の連れが、これ以上はないというほど冷やかな視線を送って降りていった。
脱力系。聞きかじりの若者言葉が頭の中を駆け巡る。ぺしゃんこにされた幸兵衛はしばらく立ち上がれそうにない。それにしても、どうして「?」なのだ。だれか教えてくれ。(Jee)
小言幸兵衛 落語に登場する大家さん。口やかましくて、家を借りにきた相手を言い負かして追い払ったりする。
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コメント
あー、よくあるよねーその光景。
近頃では物を食べる場所でも堂々髪の毛をはらい、化粧までしてくれるもんね。
?の理由は簡単。この人々は「自分の部屋」にいるからです。自分の部屋にいる時に、何をどうしようが勝手ですな。それなのに、見ず知らずのおっさんにとがめられるというか、口を挟まれるというか、話しかけられることがすでに?なのですよ。下手すると、不法侵入で訴えられかねんよ。
よくほら、「個室化する社会」とか言うじゃん。アレですよ、あれ。
と、社会学ふうのことを言っておいてなんだが、電車の中での化粧。ありゃ大したもんだな。揺れても失敗せんもんね。「アイライン曲げちゃえ」とか「マブタはさんじまえ」とか念を送りつつ見物するのですが、そのような楽しい光景には一度としてお目にかかったことはありませんなぁ。
投稿: はかせ | 2008年10月18日 (土) 15時34分
脱力系(無気力)娘たちの冷かな視線はさぞかし応えたことでしょう(苦笑)
はかせさんの言う通り、幸兵衛は『自分の部屋に土足で入ってきた見知らぬおじさん』なので、そのおじさんに「髪を触るな」と言われりゃあ、そりゃ『?????+?』となる訳ですよ。
しかし、なぜ最後まで無気力でいられなかったのか。最後だけ殺気…?
投稿: min. | 2008年10月18日 (土) 22時30分
はあ!!どこも同じような通勤通学風景ですね。四半世紀以上生きてきた私も最近は、呆れ顔で立ちすくむ事が増えました。今回は、ただただ、アン爺のアンラッキー、としかいいようがありません。あまり気にやまず、幸兵衛節を上手にお使いください。しかし、同じ女性として耳の痛いお話です。明日はわが身。気をつけます・・・。
投稿: ひまわり | 2008年10月18日 (土) 22時41分
ははあ、列車の中さえも「my お部屋」であるのか。ふーん。ドラえもんの「どこでもドア」がついておるのかのう。
投稿: アン爺 | 2008年10月19日 (日) 00時30分
そうゆう事していて初めて怒られた、はてなじゃないですか。
先生の勇気だしましたね。
けど、
ドンマイ!しゃんぴん( ^ω^)おっおっおっ
投稿: ふぁーべい | 2008年10月20日 (月) 11時26分