「盆踊りの島」紀行
今年のお盆は離島で過ごした。鹿児島県本土からほど近い三島村の黒島。学内の任意団体である「みしま研究会」の盆踊り見学ツアーにゼミ生5人とともに参加したのだ。盆踊りといっても、櫓(やぐら)を取り巻いて「炭坑節」などを踊る馴染み深いそれではない。江戸時代から続く伝統行事である。
なぜ盆踊りツアーなのかといえば、研究会を主宰する松原武実・短期大学部音楽科教授が民族音楽の研究家だから、という単純な理由による。
今回は、参加した5人のレポートを紹介する。ヤングたちの感性を汲み取っていただきたい。このレポートは他の参加者の報告と一緒に「みしま研究会」のホームページhttp://www.iuk.ac.jp/%7Ematubara/mishimaHP/mishima.htmlにも掲載されているので、そちらもご覧いただけると、ありがたい。(Jee)
黒島の盆踊り
国際文化学部
言語コミュニケーション学科 4年
戸高 翔平
8月15日、黒島の片泊と大里地区で盆踊りが行われた。片泊地区は、以前は夕方頃から行っていたようだが、2年前から午前中に行うようになったそうだ。
片泊の盆踊りでは太鼓踊りが行われる。太鼓踊りとは、大変難しい踊りで、隊列の変化もある。踊りに参加していたのは、青年団を中心とした若い男性(30~50代)である。しかしその中で、黒島に住んでいる地元の人はわずかに半数である。残りの半分は黒島出身者で、現在本土に住んでいる人たちであった。そのため、盆踊りを練習する暇もなく、ほぼぶっつけ本番で踊っているのが現実のようだ。
民宿の山田さんの奥さんは「黒島に住んでいる人の間では毎年、盆踊りはもうやらなくてもいいのではという意見があるが、帰省する人たちからは伝統だから、楽しみにしているから続けるべきだという意見がある」とおっしゃっていた。
黒島を実際に訪れてわかったことだが、地元の人にとって盆踊りを行うことは非常に負担が増え、大変なことである。牛の世話をしながら、盆踊りの練習、準備をし、帰省してくる人の世話までもしなければならない。地元の人が盆踊りをやらなくていいという意見をもつのもわかる気がした。
15日の夕方からは大里に移動し、大里の盆踊りを見学した。弓矢踊り、薙刀(なぎなた)踊り、手踊りが男性によって踊られた。片泊とはまったく異なった踊りであった。雰囲気も大里のほうが厳かな印象があった。
14日の夜は大里で、15日は片泊で夏祭りがあった。カラオケがメインで、かき氷や焼き鳥も売られていた。子どもからお年寄りまで、みんなが笑顔で夏祭りを楽しんでいた。
ふたつの盆踊りと夏祭りを見て、片泊は青年団を中心にして盛り上げていこうとしている印象があった。一方、大里の盆踊りはお年寄りが引っ張り、若い人もそれにしっかりついていっている印象だった。どちらも島の活性化につながっているのは確かであると思う。
今回は2泊3日の短い滞在だったが、改めて黒島の自然の素晴らしさと、人の温かさを感じることができた。私たちや帰省客が帰ると、黒島もまた静かになってしまうと考えると寂しくなるが、やはり黒島は多くの人に知ってもらい、訪れ、黒島をじっくり味わってほしい。改めて黒島は忘れられた島になってはいけないと感じた。
黒島での研修を終えて
言語コミュニケーション学科2年
川添 志穂
「携帯の電波は届きますか?」
私は事前に、まずこのことを確認しました。「ドコモとauは大丈夫」という言葉に安心し、めったにない機会だと思い黒島行きを決意しました。
今回の目的は盆踊りを見ることと離島の活性化策を考えることでしたが、盆踊りが、お盆に踊られるからそう呼ばれることを私は今回初めて知りました。そして盆踊りは円になって回りながら、道具は持たず踊るイメージしかもっていなかったのですが、黒島の盆踊りは道具や装飾品をつけて、楽器も使って華やかだったので驚きました。
もう一つの目的である黒島の活性化策について、私は事前調査の資料でクワガタが有名だと知って、「オタクによるクワガタ養殖と販売」などを挙げていたのですが、行きの船内に「クワガタを捕まえるのは違反です」といったポスターを見つけてしまい、出鼻をくじかれました。先生は「それなら条例を変えればいいんだよ」なんて言っていましたが、私はもっと重大な事に気づきました。それは、「携帯の電波(ドコモを除く)が届かない!」ということです。
テレビっ子でありニュースオタクであり、(軽度の)携帯依存症の私は、3日間電波が恋しくて仕方がありませんでした。メール・ネット・ワンセグが見られない生活はとても苦しく、改めて自分がいかに情報機器に頼った生活をしているかを思い知らされ、またこの通信環境ではオタクは住み付けないなと思いました。(私なら住みつけないというのが正しいのかもしれませんが)
黒島に限らず、離島に行くと通信設備の不十分さを感じることがよくあります。観光客を呼び込んだりするためや、情報格差が生じないためにも、こういった整備は大事だと思いました。
けれどそんななか、伝統を守る人々の心や島の人々の温かさ、地産地消のおいしい料理には感動でした。
今回の研修は、離島の人々の暮らしだけでなく、改めて自分を知ることができた充実の3日間でした。
最後に、一緒に3日間を過ごしたみしま研究会のみなさん、黒島の皆さん、本当にありがとうございました。
黒島の旅
国際文化学部
言語コミュニケーション学科 3年
任 麗石(REN Li Shi)
日本に来て初めて、正月以外の盛大な行事に参加した。お盆――同じ行事が中国にあるかと問われて、ないと答えた。しかし、考えてみると、4月の清明節は、祖先を慰霊する同じ趣旨の祝日である。
この記事を書くために資料を調べてわかったことは、お盆は仏教のお祭りから派生して、古代には中国で盛んに行われたということだ。現代では全国的な祝日ではなくなったが、地域によっては独自の祭りがあるかもしれない。それに対して日本では非常に重要な行事である。故郷を離れて働く人が休暇をとって家族の元に帰り、一緒に祖先の霊を慰めるのだ。
今年のお盆は日本の仲間たちと薩摩半島の南約40kmの黒島にいた。鹿児島から船で5時間余、三島村のひとつ、黒島に到着した。大勢の人と一緒に船を下りた。実は、この人たちは古里に戻ってきたのだ。そのことに気づいて、この日が特別な日であることを知った。
お盆の大事な行事の一つが盆踊りだ。今回は片泊と大里のふたつの集落の盆踊りを見た。片泊の踊りは、まず男性の笠踊りと太鼓踊り。続いて女性の踊りだ。準備は神社で、公演は古い時代の堂の前、現在の小中学校の校庭で、というのが慣習だ。車で菅尾神社へ行った。静かな森の中の小さな神社だった。
大里の踊りは盆踊りと八朔((はっさく)踊りだ。弓矢踊りとか、薙刀踊りとかがあった。人々が浴衣を着て小道具を手にしてダンスをした。何かを歌っているが、居合わせた人に聞いても意味がわからなかった。黒尾神社に奉納するのを盆踊り、「太夫」さん宅で踊るのを八朔踊りと呼ぶそうだ。
初めて気がついたのは踊りの魅力だ。他国の、異なる文化の、動きだけから、踊りの意味が理解できることが本当に素晴らしい。この踊りは、ただ厳粛な雰囲気をもつ儀式ではなく、現在の祝いのための公演でもある。一連の踊りを見学して、本当にうれしかった。この旅では、特に踊りのビデオを撮った。これらの踊りは今後何年ぐらい伝えられるのかと心配になる。
短い時間だったが、島をだいたい見た。人がほんとに少ない。建築物も少なくて、集落にただひとつの小中学校に10数人がいるだけ。しかし、踊る人の中に男の子がいた。数少ない後継者だろうか。
もうひとつ、印象に残るのがカラオケ大会だ。夜、すべての人々が集まって、舞台で好きな歌を歌い、平場の客席はピクニック気分で皆興奮した。黒島のお盆行事に参加して、本当に楽しかった。
島の暮らしに寄り添って
国際文化学部
人間文化学科 3年
迫田久美子
今回は片泊の盆踊りがメインでしたが、急遽大里の盆踊りも観ることができ、ラッキーでした。盆踊りの感想は、片泊は明るくて開けた印象を受けました。踊りの最中も笑顔が見えて良い意味で緊張感のないリラックスした雰囲気でした。その日は天気が良くて、日が照る中で踊るのはしんどかったと思いますが、花笠のピンクと空の水色が色鮮やかで、観ているこちらは爽やかな気分になれました。
大里の盆踊りは夕方、日が暮れる頃に始まったせいもあるのか、神聖で厳かな雰囲気が漂っていました。数ある踊りの中でも私は弓矢踊りが一番好きです。太夫さん達が歌う唄が盛り上がるのと同時に踊りにも力強さが増してきて、何度観ても感動してしまいます。両地区ともそれぞれの良さがあって素晴らしいのに、踊り手の不足などが理由でこの行事がなくなってしまうかもしれないと思うと寂しいです。
まだ数える程しか黒島を訪れたことはありませんが、島に対する愛着はその都度増していきます。行事がある時期の賑やかな雰囲気も好きですが、今度は何でもない日に訪れたいです。島の方々の暮らしに寄り添って同じ目線になって物事を考えてみたいです。
また、民宿「いちご川」の山田さんにはお盆の忙しい時期にお邪魔して申し訳ない気持ちになりました。やはり奥様の手料理は美味しくてお腹も心も満足でした。本当にお世話になりました。
3日間一緒に過ごして下さった先生方や学生の皆さん、お世話になりました。ありがとうございました。
帰省者頼りのお盆行事
国際文化学部
言語コミュニケーション学科 3年
竹之内 麻里
今回、初めて黒島に行って思ったことがある。それは黒島の住民はどのくらい黒島について知っているのだろうか、ということである。黒島には本土とは違う問題が隠れている。
一番の問題となっているのは、やはり人口の問題である。黒島に生まれ、片泊もしくは大里の小中学校を卒業した後は高校、大学へ進学するために島を出ていく。小中学校を卒業した後そのまま島に残る、ということはほとんどない。つまり、長くても15歳までしか島にはいないことになる。小中学校卒業以来、島に帰らない人については島より本土にいる時間のほうが長いことになる。片泊小中学校で行われた夏祭りでは集落全員と帰省者が集まる。そこで私がよく耳にした参加者に対するMCからの言葉が「今年もよく帰ってきてくれました。ありがとうございます」だった。ほんの少しの時間しか黒島にいない私にさえ、なんとなく重みのある言葉に感じられた。帰省者はそれほど重要な存在なのである。例えば、盆踊りの踊手には私たちと同じ船で黒島に帰ってきた帰省者も含まれている。踊りの練習をする時間はなく、いきなり1年ぶりの本番を迎えるのである。帰省者がいなければ成立しようがない。
他にも気になる問題として、ゴミの問題がある。多くの人数が集まる盆踊りの会場にはゴミ箱として大きなドラム缶が1つ置いてあるだけ。分別することはなく、これらのゴミの行先は島の裏側だそうだ。そこは私や観光客が港で見た黒島とは全く違う、島中のゴミが集まったゴミ捨て場だそうだ。よってゴミの分別をする必要はない。しかし、このようなことをいつまで続けるのだろうか。いつまでも続けるわけにはいかないことは住人である島人たちが一番実感しているはずだ。
黒島には、2、3日いただけではわからないことや、逆に本土と比べて初めて問題に気づくことがある。黒島の現状を知り、本土とどのように協力して発展させていくかが今後の課題になるだろう。
◇
黒島という1つの島に片泊という集落と大里という集落がある。私たちは片泊と大里の両方の盆踊りを見学することができた。片泊の盆踊りと大里の盆踊りにはどのような違いがあるだろうか。
まず、片泊の盆踊りの特徴としては、踊手のメンバーに帰省者がおり、いきなり本番を迎えるのである。場所は片泊小中学校。帰省者が16時ごろ島に帰り着き、間もなく略式の服装で支度揃えが始まる。歌と踊りの先生がおり、その方を中心に盆踊りが行われる。その中には男子中学生も含まれており、それぞれの役割を果たす。ちなみに、小学生は参加せず、男性と女性で分かれている。
次に大里の特徴として挙げられるのは、動きが大きく、参加者が事前に練習をしていたことがうかがえる。メンバーの家の庭で練習するそうだ。中には小学校低学年くらいの男の子も参加していた。人数は片泊と比べると少なく感じられる。始めは黒尾神社に奉納され、そのあといくつかの場所を訪問する。女性が踊手に入ることはなく、男性の踊り手で行われる。
片泊と大里では盆踊りのスタイルに違いがあり、それぞれに特徴がある。盆踊りは、お盆に帰ってきたご先祖に自分は健康に生きている、ということを表現しているのだ。盆踊りに意味がある以上、毎年恒例のただなんとなく行う行事ではなく、継続する意味のあるものにしてほしい。
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コメント
なるほど。踊り手にもジェンダー差があったりなかったりするわけね。じっくり調べてみると、面白そうな、そうでもないような。
投稿: はかせ | 2008年10月 8日 (水) 10時53分
はかせさん
女踊りの演し物はきわめて少ないのであり、花笠踊りぐらいしか残っていない。ジェンダー差の問題としてとらえるなら、いい材料かもしれませんなあ。
投稿: アン爺 | 2008年10月18日 (土) 14時52分